犬から見た「順位付け」や「リーダー論」って、本当なの?
ペットシッターSOSでは、ワンちゃんのお世話をする際に「自分がリーダーだ」、「だから言うことを聞きなさい」などという間違った接し方は、絶対にしません。
私たちがお世話にあたる際、一番気にかけていることは、犬の安全とリラックス(快)しているかどうかの精神状態です。もちろん、食欲や健康状態のチェックも欠かせませんが、「シッターさんといて楽しい」という気持ちになってもらうことは、お世話をする上でも大変有効なのです。
犬のしつけ本やテレビなどで、こんな言葉を聞いたことはありませんか?
「犬が人の言うことを聞かないのは、その人の順位を自分より下に位置付けているからだ」
「人間が威厳を持って接し、犬のリーダーにならなくてはいけない」
なかにはイラストつきで「お母さん>お父さん>犬>たろう君(長男)>はなこちゃん(長女)」などと、家族内での犬の順位を明確に位置付け、「だからお父さんの言うことは聞いても、たろう君の言うことは聞かないんだよ」なんて説明していることも。
こうした昔からある「犬のリーダー論」、果たして本当にそうなのでしょうか?
「犬のリーダー論」はいつ頃、なぜ生まれたの?
そもそものきっかけは、犬の祖先であるオオカミの生態/群れ生活の様態からヒントを得て、80年代に“リーダーシップ理論”がアメリカで流行り、それに基づく“しつけ”の考え方が日本に持ち込まれたことにあります。
この時代に勉強したトレーナーさんの中には、犬が自分の地位を誇示する、また高めようとして挑戦してくる行為、いわゆるアルファシンドローム(権勢症候群)のしつけ論を指示している方が数多くいます。
アルファシンドローム(権勢症候群)ってなに?
“アルファ”とは、順位社会の中の頂点の存在を指し、リーダーとイコールな言葉です。アルファシンドロームとは、群れ(家族)の中で自分が一番偉い、だから下位の指示に従わず、自分の要求を満たそうと問題行動を起こすことをいいます。
犬をアルファシンドロームにさせないため、「肩より上に抱きあげてはいけない(犬の目線を人より上げない)」「食事は必ず人間が先にする」「散歩で前を歩かせて はいけない」「寝るときは人間より低い位置で(同じベッドで寝てはいけない)」「引っ張りっこで負けてはいけない」などの方法が推奨されたりもしました。
これらの是非は後述するとして、もしこれが今でも広く浸透し飼い主さんにも強く支持されていたなら、シッターのお仕事もさぞ大変だったに違いありません。お世話の度にゴハン前にはまずシッターが先にご飯を食べ、お散歩では前を歩かせまいと早足、かけっこしなくてはなりませんので、太りたいのか痩せたいのか(笑)、とにかく 過酷なお仕事になっていたことでしょう。
アルファシンドロームの真偽
一時期はどのしつけ本にも、人間が犬よりも上だと教えるリーダーシップ理論として、アルファシンドロームの考え方をベースに以下のようなしつけ方法が取り上げられていました。
- 「マズルコントロール」−悪いことをしたら鼻の付け根から鼻先までをつかみ目を見て叱る
- 「アルファロールオーバー」−犬を仰向けにして抵抗しなくなるまで押さえつける
- 「スクラフ・アンド・シェイク」−襟首をつかんで持ち上げたり振る
しかし現在では、イアン・ダンバーやテリー・ライアンなど日本でも著名な行動学者やトレーナーをはじめ、多くの専門家がこのアルファシンドロームには否定的であり、ペットシッターSOSが併設するペットシッタースクールの講師、家庭犬のしつけインストラクター西川文二先生も「何年も人間の元で交配してきた犬とオオカミを同一視すること自体間違っている」と指摘しています。
犬同士にアルファはあるのか?人間に対してはどうか?
もちろん、何が正しく真実なのかは、実際のところ犬に生まれ変わりでもしない限り分からないかもしれませんが、そんな論争は専門家に任せておいて、このテーマでは「飼主さんや人間社会が望むルールの中で、犬を安全かつ互いに楽しく過ごすための『正しいリーダーシップ』」という観念で、考えてみたいと思います。
と、その前に、過去の時代に正しいと考えられてきたアルファシンドローム、そのリーダー論に対しての現在のウソ・ホント?を少し掘り下げてみましょう。
アルファシンドローム的“リーダーシップ論″のウソ・ホント?
はたして犬は、本当に人間より優位になろうとして、「唸る」「吠える」「言うことを聞かない」「噛み付く」などの問題行動を起こしているのでしょうか?
例えば「唸る」。他人に対し唸る、自分のお皿を守ろうとして唸る。これに対し「それは自分より人間を下に見ているからだ。群れのリーダーに唸るようなことはあってはならない」という人がいたなら、それは大きな間違いです。そもそも『唸る』という行為自体、動物にとって地位の高さと直結するほど、権威を示すような行為ではないからです。「あっちへ行け、近づくな」という警告に過ぎず、それ以上距離を縮めたら攻撃も辞さないと教えてくれているのは、見方によっては彼らなりの優しさであり、決して「俺はお前より強いぞ、地位も上だ」と権威を示しているわけではありません。「近づかないで」という主張が、犬にはウ〜と唸ることでしか表現できないのです。
そして群れの中のオオカミでさえ、いったん口にした獲物は自分の権利を固持し、例え相手が明らかに上位のオオカミであっても、奪われまいとマズルにしわを寄せて唸ります。
適切な“しつけ”がされていない限り、食事中のお皿や咥えたものに執着するのは、犬本来の所有欲であり本能ですから、唸って当然なのです。
そもそも、アルファ(リーダー)のオオカミでさえ、下位のオオカミの口にあるものは遠慮しますので、前提の間違えたリーダー論を用いて力で支配しようというのは、いささか乱暴と言わざるを得ないでしょう。
「人より先に犬が食事をしてはいけない」は、どうでしょうか?
これも前提となる群れ生活のオオカミ自身が、下位のものから食べようが全く気にしていないので、そもそもウソということになります。
また、「犬を先に歩かせてはいけない」も、群れでのオオカミは、大人であれば誰だって移動のイニシアティブを取ることがあり、何もアルファだけの特権に限ったことではありません。
「同じベッドで寝てはいけない」は、どうでしょう。寝る位置の高さで優位が分かれるというのも、根拠のないウソです。身を寄せ合って寝ることもあれば、昨日は低い位置でも今日は高い位置で寝るなど、野生の群れオオカミを観察してみても、実際はばらばらです。
80年代と今を比べれば、観察機材の性能から、人の気配なく長時間観察できる技術や、収集できるデータ量も圧倒的に違いますね。少ない情報量の偏った部分だけ見て真とするか、精度の高い豊富なデータから得た客観的事実を真とするかは、一目瞭然です。
「引っ張りっこで負けてはいけない」についても、勝ったり負けたりするから、ゲーム(遊び)は面白いのです。常に飼い主さんが絶対的な強者となってリーダー役を演じるより、犬と一緒になって楽しんだ方が、はるかに信頼感が得られるでしょう。なぜなら「今度は勝った!」「次はどうだ!?」と犬の遊び心を刺激し、「この人といて楽しい!」と犬に思ってもらえるからです。
犬と人の関係に必要なリーダーシップとは?
犬の群れ生活の中でアルファ(リーダー)がいるのかいないのか、いたとしてその動物生態学的な学術根拠は何か−など、誤解を恐れず言ってしまえば“どうでもいい”ことかもしれません。なぜなら、犬同士の育む独特なコンタクトや微妙なボディランゲージを、匂いにおける情報量の圧倒的劣勢を差し引いたとしても、違う種別の私たち人間が100%理解し正しく反応、または応用することはできないと思えるからです。
アルファ個体が下位に見せつける行為、あるいは戒めるような行動は、犬同士だからこそ互いに正しく理解し反応できることであり、人間がただそのまねごとだけを強制してリーダーになろうとするのは、犬にとってもフェアとはいえず、さらには大きなリスク(警戒心、攻撃性)を生んでしまうことになりかねません。
上下を決めるリーダーではなく、犬の気持ちや学習行動を理解し予測した上での適切なリーダーシップ、望ましい行動に導くための正しいガイド役として、犬との協調・信頼関係を築いていくことが、最も大切なことだと考えます。
そういった意味では、飼い主さんも、また私たちペットシッターも、ワンちゃんにとって頼れるリーダーシップを発揮していきたいところですね。
関連記事