ペットシッターのお仕事は、ただ飼い主さんに代わってペットのお世話をする、というものではなく、例えばしつけの相談や問題行動の改善など、さまざまな「飼い主さんの困った」にアドバイスさせていただいたりもします。
唸らせたくない・・吠えさせたくない・・トイレを失敗させたくない・・など、行動の外形(吠える、トイレの失敗)を見ているだけでは、なぜ?そうなったのかという行動の理由を見つけるのは、なかなか困難です。
そこで、「行動」それだけを見て対処を試みるのではなく、行動の「前」と「後」まで三分割で見て、その行動の原因と解決を探っていこうというのが、この「ABC分析」の考え方です。
三段階で捉える「ABC分析」の考え方
これをそれぞれ下のような箱で考えてみると、ABCに入るのは必ず計測可能な物事で、「ペットの機嫌が悪いから」とか「犬の方が自分を上だと思っているから」といった曖昧で不確定なものは入りません。 ABC分析は、形に見えない“気持ち”ではなく、“事象”で考えるのがポイントです。
Antecedent(先行事象)【A】 | Behavior(行動)【B】 | Consequence(結果事象)【C】 |
環境(刺激・状況)の変化 行動が起きるきっかけ、条件 |
吠える・咬みつく・トイレ以外での排泄、など具体的な行動 |
環境(刺激・状況)の変化 行動の原動力、行動の理由 |
このようにAとCは環境の状態を表し、Bの行動の直前(A)または直後(C)に、その環境内で出現(存在)・増加・減少・消失した出来事を指しています。ものだけではなく、周囲の人や動物の存在、行動の変化も含まれ、特にAは「それがなければ行動は起こらなかった」と考えることもできます。逆にCでは「それによって何が起きているか、何が増えて(減って)、ペットにとってプラス(マイナス)になっているか」という客観的な事実のみを観察します。
例えば、「犬のお散歩後、足ふきをしようとすると唸ったり手に咬みついてきて困る」という問題行動を、ABC分析で考えてみましょう。
Antecedent(先行事象)【A】 | Behavior(行動)【B】 | Consequence(結果事象)【C】 |
? | 唸る、咬みつく | ? |
まず、当然Bには「唸る」「咬みつく」という見たままの行動が入りますね。 では、AとCには何が入るでしょうか? 行動の前と後に何が起こり、何が消えているのか。Bにキーワードを入れたように、穴埋め形式で客観的事象を積み上げてみましょう。
すると、以下のように箱を埋めることができるのではないでしょうか。
Antecedent(先行事象)【A】 | Behavior(行動)【B】 | Consequence(結果事象)【C】 |
玄関で止まってタオルを用意する、足を持つ、足を拭く |
唸る、咬みつく |
足拭きが中断される、手を引っ込める、唸っている間に終わる、家に入れる |
もちろん、これ以外の「何か」が入る可能性もありますが、いずれにせよ犬の行動は元より、AとCには客観的な事実、環境の変化のみが当てはまり、そこに犬の気持ちや心情は含まれていないのが分かると思います。
そして動物行動学における“行動の原理”は、「いいこと」が“起きる”か、「嫌なこと」が“なくなる”かです。
Aに対しBを起こすことで、「嫌な足拭き」がなくなる、または「家に入れる」というC【結果減少】が発生しています。 犬たちは毎日の暮らしの中で、こうした一連の行動パターンを何度も反復し、脳の回路を強化していきます。スポーツ選手が何度も同じ練習を繰り返し、意識せずとも自然に体が動くようになるのと一緒ですね。そのうち“最初の理由”さえ埋没し、行動パターンのみが強化され残るようになることもあります。
「B:行動」をやめさせたい多くの飼い主さんが、往々にしてBにのみ反応してしまい、そこで叱ったり根本的な解決にならない時間短縮などの苦肉の策で対処するから、結果A・B・Cのどれをも変えることができなくなってしまいます。 行動は、どれかひとつを注目するのではなく、常にABCで観察し、ABCで捉え考えることが大切です。 では、この「ABC分析」を用いて、具体的な解決策を見ていきましょう。
「ABC分析」で問題行動の改善を考える
しかし、環境を変えるのが困難な場合もあるでしょう。Aだって、抱きかかえるのが困難やスペース的な問題があったり、特にCは、もし“嫌なこと”から逃れたい故の行動であれば、「中断しない」ことは「嫌なこと」を受け続けることになり、飼主さんも手を咬まれても引っ込められないなど、何かとリスキーです。
ここでいう「AとCの変更」とは、何も環境や状況の変化のことだけではありません。行動の“きっかけ”となるAを、そもそもAじゃなくしてしまう、というのもABC分析の考え方です。
“AをAじゃなくす”。哲学的な表現にも聞こえますが、私はこれを「Aじゃなくてえーじゃないか作戦」と名付けました。 AによりB、BによりCが起きているなら、Aの箱に何も入らなければ、そもそもの行動は成立しません。現在の“苦手な足拭き”というAを、“苦手じゃない足拭き”というAに変えることができれば、当然違うBが発生します。
そして「ABC分析」は、何も問題行動に限ったことではなく、行動全てに通じますので、良好な行動もこれに当てはめて考え、望ましい行動を強化させていくことができます。
Antecedent(先行事象)【A】 | Behavior(行動)【B】 | Consequence(結果事象)【C】 |
玄関で止まってタオルを用意する、足を持つ、足を拭く |
お座り、お手をする |
オヤツが出てくる |
このように、全く違うABCを構築することだってできます。玄関で止まってフード、タオルを手に持ってフード、足をちょこんとタッチしてフード、足を軽く持ってフード、少し拭いてはすぐ離してフード、といった具合に、拮抗条件付けで「いいこと」を起こして、徐々に「嫌なこと」を嫌なことじゃなくてしていくのが、ABC分析のしつけ方法です。
繰り返しになりますが、「行動」は環境に対する反応です。全ての行動は、環境によって決定され、効用をもたらす行動の結果(環境の変化)だけが、その行動を維持・強化させていきます。つまり、行動Bを変えるためにコントロールすべきは、“環境”であって“動物”ではありません。
A「注目なし」→B「吠える」→C「注目あり」 A「飼い主さんを見る」→B「飛び付く」→C「注目あり」 「B:吠える/飛び付き」をやめさせたいなら、C「注目なし」の環境をつくる、ということになります。
「ABC分析」の応用
Antecedent(先行事象)【A】 | Behavior(行動)【B】 | Consequence(結果事象)【C】 |
? | 相手の犬に吠える | ? |
犬の気持ちや感情といった“見えない不確かなもの”ではなく、客観的事実のみが入ります。 ぜひ考えてみてください。
例えば、こんな感じにはなりませんか?
Antecedent(先行事象)【A】 | Behavior(行動)【B】 | Consequence(結果事象)【C】 |
犬を発見する、犬が接近する |
相手の犬に吠える |
犬が遠ざかる、犬がいなくなる、飼い主が声をかけて構ってくれる |
「吠えることが興奮して気持ちいい」「自分の方が強いというアピールができて優越感」という“見えないもの(犬の心情)”は度外視します。
さて、では、この行動パターンを崩すとき、まずAとCを変えることはできるかを考えてみます。 いきなりCを変えるのは、犬同士の接触もあり危険ですね。飼主さんがその都度先に気付いて、Uターンする、道を変える、など物理的にAを起こさせない選択もあるでしょうが、根本的な解決を図るならここはやはり「Aじゃなくてえーじゃないか作戦」、“他のABCを構築し、環境に順応させる(AをAではなくす)”方法を考えてみましょう。
Antecedent(先行事象)【A】 | Behavior(行動)【B】 | Consequence(結果事象)【C】 |
他の犬を発見 | 飼い主を注目する | フードがもらえる |
このような新たな行動パターンを構築させてみましょう。
必要であれば、食事の時間を全てこの散歩時に費やしても良いでしょう。食器皿(A)や食器を用意するしぐさ(A)、食器にフードを入れる音(A)に反応(B)するのは、その後には必ず美味しいものにありつける、という効用(C)があるからです。このABCも、他の犬に対する反応のABCも、行動の原理は同じです。
他の犬を発見する→飼い主の手から美味しいフードがもらえる、他の犬が近づく→飼い主の手からスペシャルに美味しいオヤツがもらえる。手からフードをもらいながら、同時に相手に向かって吠えることはできません。もしそれでもフードより相手に対しての反応が強ければ、相手との距離が近すぎたことになります。相手に対する刺激の強さが、フードの刺激を上回ってしまっているのです。
まずは反応しないような距離から徐々に慣らしていき、少しずつそのボーダーラインを上げていきましょう。
いかがでしたか?ペットの行動のABC分析。 からくりを知ってしまえば、そんなに難しいものではないと思います。
ペットのしつけ、問題行動の改善を考えるとき、ぜひこのABC分析を取り入れてみてはいかがでしょうか?
関連記事
- オペラント条件づけ~正の罰・正の強化・負の罰・負の強化
- 犬を叱ってはいけない理由
- 犬の「噛み癖」を直すには
- レスポンデント条件づけ(古典的条件づけ)
- 「拾い食い」の直し方
- 犬のチャイム吠え
- 犬のうれション